原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第12回

~今月の一枚~

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『ジャズ・ラヴズ・ディズニー』

 

 人間は2種類にわけられる。ディズニーランドに行ったことがあるひとと、ないひとに。
 そう書きたくなるほどディズニーランドの人気は絶大であり不動です。そしてディズニーのキャラクターは世界中で愛されまくっています。いや、キャラだけではありません。「星に願いを」「いつか王子様が」「チム・チム・チェリー」から近年の「レット・イット・ゴー」まで、多くの楽曲がディズニー関連の作品を通じて人々の心に刻まれました。

 ぼくは上京間もなく、住み込みで新聞配達を始めました。まずは食わなければならない、そのためにはカネが必要だからです。ラジオからはよく、長渕剛の歌う“花の都 大東京”というフレーズが流れていました。ディープ・パープルと矢沢永吉と長渕が好きで、貸したカセットテープを一度も返してくれなかった専売所(各世帯と新聞の宅配契約を結んで配達や集金をする店を、こう呼ぶ)のボスは、すきっ歯の間からハイライトの煙を漏らしつつぼくにこう言いました。“なぁ原田ァ~、せっかく東京に来たんならディスコかディズニーランドぐらいは早いうちに行ってこいよ”。
 「ディスコってなに?」という後続世代からの声がきこえてきそうですが、いまのクラブと呼ばれるものにいくらかは似ていて、けれどもっとギラギラピカピカしていた、なんというか“夜のうごめき”を封じ込めたようなスペースです。勝新太郎の名作ドラマ『警視-K』のDVDによく出てきます。東京ディズニーランドには計2度、行きました。シンデレラ城が視界に入ってきたときの、「ああ俺はなんかとってもメジャーな場所に来ちゃった」的うれしはずかし充足感。イッツ・ア・スモール・ワールドの緻密なデザインと軽やかなメロディ。細かいことはすっかり忘れてしまいましたが、今でも「機会があればディズニーランドやディズニーシーに行きたい」という気持ちを失ってはいません。

 ハイレベルな音楽、細心の注意が払われたセリフ、親しみやすいキャラ。これがディズニーのアニメ映画を決定づけている3つの要素だと、ぼくは考えています。そして制作年代が古ければ古いほど、音楽にはジャズの要素が色濃く反映されています。今ではほとんど話題になることがありませんが、1950年代に“消防5人組+2(The Firehouse Five Plus Two)”というジャズ・グループが人気を集めました。このメンバーは全員、ディズニー・スタジオの職員でした。彼らは昼間「ピノキオ」や「シンデレラ」の絵を描き、夜や休日になるとジャズ・ミュージシャンに変貌するのです。リーダーのトロンボーン奏者、ウォード・キンボールは天才的なアニメーターでもあり(手塚治虫も彼の描画に憧れていたそうです)、大の鉄道マニアでもありました。鉄道が走る彼の邸宅は、たしかテレビ番組「世界ふしぎ発見!」で紹介されたと記憶しています。
 ディズニー関連曲ばかり集めたアルバムを最初に発表したのも、ジャズ界です。1957年にピアノ奏者デイヴ・ブルーベックが録音した『デイヴ・ディグス・ディズニー』が、それです。68年には“ジャズの父”ことルイ・アームストロングが『サッチモ・シングス・ディズニー』という作品を制作しました。以来、ジャズ×ディズニーの相思相愛は深まるばかりです。

 

『デイヴ・ディグス・ディズニー』

ハイレゾ通常

 

『サッチモ・シングス・ディズニー』

通常

 

 11月18日に国内盤が発売された『ジャズ・ラヴズ・ディズニー』は、ジャズ×ディズニーの最新最高のヴァージョンのひとつといっていいでしょう。『白雪姫』からの「いつか王子様が」、『シンデレラ』からの「ビビディ・バビディ・ブー」といった歴史的なディズニー関連曲に限定することなく、総帥ウォルト・ディズニーの死後に制作された『トイ・ストーリー』、『ロジャー・ラビット』、『アナと雪の女王』といった作品からのナンバーも収められています。アレンジ(編曲)はロブ・マウンジ―が担当。ポール・サイモン『グレイスランド』、ドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』等の名盤でキーボードを弾き、アメリカの人気テレビ・シリーズ「セックス・アンド・ザ・シティ」のサウンドトラックにも携わるポピュラー音楽界の重鎮です。

 「ジャズには割と関心があるほうだけど、演奏だけで延々と続く曲はいまいち面白みがわからない」というひとも少なくないことでしょう。そんな方にも、この音源は安心です。ジェイミー・カラム、グレゴリー・ポーター、ステイシー・ケント、メロディ・ガルドーなど、ジャズをルーツのひとつとしながらも、類まれなポピュラリティで幅広い音楽ファンにアピールしているシンガーが多数、起用されているからです。いいメロディ、かっこいいアレンジ、深い歌声が一体となってディズニー・ソングを表現するさまは、美味のひとことに尽きます。オーケストラの広がり豊かな響きを背後におき、歌声を前面に押し出すような音響も、卓抜なオーディオ装置で聴けば聴くほど、魅力倍増であるはずです。本作のプロデュースを務めたジェイ・ニューランドは、もともと録音エンジニアとして頭角を現した才人で、ノラ・ジョーンズのファースト・アルバム『ノラ・ジョーンズ(原題:Come Away with Me)』を筆頭に、さまざまな話題作に携わってきたヒット・メイカー(計9度、グラミー賞受賞)。つまり彼は、エンジニアとしてもプロデューサーとしても“歌の活かし方”を熟知し、それをどうリスナーに届けると喜ばれるかをわかり尽くしているのです。

 


  

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada